大判例

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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1038号 判決 1974年11月29日

控訴人

第一物産株式会社

右代表者

山本清一

右訴訟代理人

加藤幸則

外一名

被控訴人

株式会社富士銀行

右代表者

佐々木邦彦

右訴訟代理人

船越孜

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二三二万円およびこれに対する昭和四八年一一月二五日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠関係は左のとおり附加するほかは原判決事実摘示と同一(ただし、原判決二枚目表末行の「社団法人大阪銀行協会より」の次に「不渡異議申立提供金の」を附加し、同三枚目裏七行目の「株式会社同部」を「株式会社岡部」と訂正し、摘示事実中の「揚裕成」をすべて「楊裕成」と訂正する。)であるからこれをここに引用する。

(控訴人の主張)

一、被控訴人は商人であり、本件債権は商行為に基くものであるから、控訴人は本件において附帯請求している遅延損害金率を商事法定利率六分に拡張する。

二、法が被転付債権の種類、金額の開示を要求している所以は、単に第三債務者のためだけでなく、別の債権者もこれに重大な利害関係があるからである。したがつて、「被転付債権の表示に多少の誤りがあつても、第三債務者さえ他の債権と混同するおそれがないかぎり当該転付命令は有効である。」との見解は誤つている。

また、被転付債権が本件のように不渡異議申立預託金返還請求権である場合、その特定のために表示する不渡手形自体の手形債権が転付されるわけではないこともちろんであるが、反面、預託金債権はその預託原因となつた不渡手形が異なるごとに別個であることも事実であるから、前記のような理由だけで、手形の表示に多少の誤りがあつてもよいということはできないはずである。ことに手形の受取人の記載は手形要件であるから、その記載が異なれば、その不渡異議申立預託金も別であるというべきである。当時たまたま債務者に他に預託金債権がなかつたからといつて両者を同一とみることはできない。それは結果論である。差押転付命令における被差押転付債権の表示は客観点画一的に理解すべきである。

以上いずれにしても、楊裕成の取得した転付命令は本件預託金債権のうえに効力を生ずるものではない。

(被控訴人の主張)

楊裕成を債権者とする転付命令記載の被転付債権(本件預託金債権)の特定をはかるため表示された手形の記載に一部誤りがあつてもその効力には影響はない。右転付命令における手形の表示は預託金債権特定の手形に過ぎず、完全に別異の手形と思われる表示でないかぎり命令の効力自体に消長はない。

理由

一、次の事実は当事者間に争いがないか、または、<証拠>によつてこれを認めることができる。

(一)  被控訴人は訴外株式会社岡部(以下、訴外会社という)に対し金二三二万円の預託金返還債務を有していたが、右預託金は、訴外会社が自己振出にかかる原判決末尾添付目録記載の約束手形三通(本件手形三通)の支払を拒絶したことにともなう取引停止処分を免れるため被控訴人に預託したものであつた(以下、本件預託金という)。

(二)  しかるところ、訴外会社の債権者楊裕成は昭和四八年五月二六日大阪地方裁判所堺支部において債務者を訴外会社、第三債務者を被控訴人とする債権差押転付命令を得(同庁昭和四八年(ル)第二一五号・同年(チ)条二二九号。以下、先の転付命令という。)、右命令は同年同月二九日第三債務者被控訴人送達された。右命令記載の被差押転付債権は、訴外会社の被控訴人に対する預託金債権二三二万円にほかならなかつたが、ただ預託原因たる支払拒絶手形三通の表示のうち受取人兼第一裏書人欄の記載が前記本件手形三通のそれと異なり「第一建設工業株式会社」とされていた(本件手形の受取人欄は「第一物産株式会社」(控訴人)と記載されていること前記のとおり。)が、他の記載はすべて本件手形三通の記載と合致するものであつた。

被控訴人堺支店従業員はその後同年六月二五日前記のような一部記載の相違を看過し、先の転付命令の被転付債権は本件預託金にほかならないと考え(なお、被控訴人には他に訴外会社から預つた預託金はなかつた。)、転付債権者楊裕成に対し本件預託金を返還した。

(三)  他方、控訴人も、訴外会社に対し本件手形三通につき手形上債権を有する債権者である関係上、これより先同年同月一二日前記同裁判所において債務者を訴外会社、第三債務者を被控訴人とする債権仮差押命令を得(同庁昭和四八年(ヨ)第一三三号)、右命令は同日第三債務者被控訴人に送送達され、次いで、同年七月三〇日前記同裁判所において前記と同じ者を当事者として債権差押転付命令を得(同庁同年(ル)第三一七号、同年(ヲ)第三四一号。以下、本件転付命令という。)、右命令は同年八月一日第三債務者被控訴人に送達された。しかして、前記仮差押および本件転付命令記載の被仮差債権および被転付債権は先の転付命令と同じ預託金返還請求債権二三二万円にほかならなかつたが、その預託原因たる約束手形三通の記載はまさに本件手形三通の記載内容と同一のものであつた。

二控訴人は、本訴において、被控訴人に対し本件転付命令に基き本件預託金の返還を求めるものであるところ、被控訴人は、本件預託金債務はすでに先の転付命令により楊裕成に転付され消滅したから、本件転付命令は無効のものである旨主張してこれを争うから検討する。

思うに、本件における唯一の争点は、一部その表示において本件預託金と異なる預託金債権を転付する旨命じた先の転付命令がはたして本件預託金を被転付債権とするものといえるか否か、いいかえれば、先の転付命令表示の被差押転付債権と本件預託金との同一性の有無に帰する。そこで按ずるに差押転付命令も裁判であるから、それが有効であるためには、当該命令の内容ことに被差押転付債権が特定していなければならないことは多言を要しないところであつて、民訴法五九六条、六〇一条が、債権者が債務者の有する債権の差押転付を受けるためには、当該債権の種類、数額を示し、またはその券面額を明らかにして申立てるべき旨定めている趣旨も右の要請を受けたものと理解することができる(差押転付命令表示の被差押転付債権特定の必要性)。しかして、右のような見地だけからすれば、命令表示の債権は社会通念に照らし他の債権と相対的に区別認識しうるていどに特定されていることが必要にしてかつ十分であるということができる。しかし、ひるがえつて、右のような特定が要請される実際上の理由を考えると、それは、該命令の名宛人たる債務者に裁判の内容を確知せしめるうえで必要であるとともに、所定の拘束を受ける第三債務者が自己の債務中いずれが差押転付されたものであるかを認識せしめるためのものであるにほかならない(命令表示の債務と手持ち債務の同一性の問題)。したがつて、この見地からいうかぎりでは、該命令の債権表示内容はできるかぎり具体的かつ正確であることが望ましいこととなる。けだし、該命令によつて所定の拘束を受けることとなる第三債務者としてはそれが自己の有するいずれの債務を目的とするものであるか無用の詮索することなく容易に判断できることが最も望ましいからである。しかし、反面、申立債権者の側からいえば、債権者は、原則として、当該債権に関しては第三者であるから、特段の事情のないかぎり、債務者が第三債務者に対し如何なる債権を有するか容易に知ることができないのが実情である(例外として本件控訴人のような場合参照)。しかして、以上のような双方の実情を彼此考慮すると、命令記載の債権の内容がその特定に必要な範囲を超えて詳細であつても、もとより、これを余事記載として違法視すべきでない反面、たとえ、該命令記載の債権が本来債権者において差押転付を意図した現実の債務者手持ちの債権とその表示において多少異なるところがあつても、いま右記載部分を除いてもなお債権の特定に十分であり、かつ、当該第三債務者の立場において全体としてみた場合彼此同一性を認識しうるに十分であるときは、これを当該現実の債権に対する差押転付と認めるのが相当である。

これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、先の転付命令記載の被差押転付債権は本件預託金と一部相違の存すること前記のとおりではあるが、これを全体としてみると、その債務者、第三債務者はもとより、債権の種類金額においても全く同一であり、預託原因たる支払拒絶手形の内容もほとんど同一といつて差支えなく、ただ、命令表示の受取人兼第一裏書人欄の記載が「第一建設工業株式会社」とあつて、現実の本件預託金の原因手形の受取人欄が「第一物産株式会社」である点において喰い違いがあるだけであり、いま右記載がなくても債権の特定自体には欠けるところがないものであるのみならず、実情としても、両会社はともにその代表者が同一であり、(原審における被控訴人の昭和四九年二月八日付準備書面、控訴人の同年三月八日付準備書面にもとづく各弁論参照)、しかも、当時、被控訴人(第三債務者)には本件預託金以外に他に訴外会社(債務者)に対する預託金債務はなかつたことが明らかであり、かつ、その直近において第一建設工業株式会社を受取人兼第一裏書人とする手形のための預託金債務があつたとの主張立証もないわけである。

してみると、本件の場合、先の転付命令記載の債権と本件預託金債権との間には前記のような一部相違が存し、これを単なる誤記と解することは困難であるとしても、全体としてもみれば、結局、先の転付命令はまさに本件預託金債権を差押転付したものと解すべきである。

前記相違点が手形要件に関するものであることは控訴人主張のとおりであるが、ひるがえつて考えてみると、本件被転付債権は預託金債権であつて手形債権そのものではなく、手形の記載は預託金特定の一手段としてなされたものに過ぎず、かりに手形の記載がなくても特定しうるところのものであること前記のとおりであるから、上記のような点を理由として前記判断を左右することはできないと考える。また、ある転付命令(本件では先の転付命令)によつて如何なる債権が転付されたか、また転付されなかつたかは、結果としては、他の債権者(本件では控訴人)に対し重大な利害影響を及ぼすことは控訴人所論のとおりであるが、本件のような法律関係は、なお一義的には当該命令の当事者たる債権者、債務者、第三債務者間の利害の問題として決すべき筋合であるから(いわゆる取引の問題とは異なる。)、他の債権者の利害を必らず衡量すべきであるかのように主張する控訴人の所論も採用することができない。

三よつて、控訴人の本訴請求は爾余の判断をなすまでもなく失当として棄却を免れず、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(井上三郎 石井玄 畑郁夫)

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